井上雄彦「バガボンド・36巻」
言わずと知れた漫画家・井上雄彦が描く宮本武蔵。
圧倒的な画力で、読む文字が存在しないコマやページがあっても、そこに読み手が感情移入して自然と涙が出てくる、そんな場面が多かったと思います。ここまで感情移入して読んだバガボンドは今までなかった気がします。数多の剣客との生死を彷徨う戦いや、武蔵を取り巻く人たちをあまり近くに感じることがなかったからかもしれません。
この作品の時代背景が、現代とかけ離れているからかな・・・もちろん「おぉ、武蔵スゲー!」とか、鳥肌の立つような、そして息を呑むような場面はいくつもあったけれど。
武蔵が腰を下ろした先は、作物の育たない土地。親を亡くした子供と共に開墾、他の地域住民と反発しあいながらも一緒に田んぼを作っていく様は、(大げさかもしれませんが)まさに今なくなりつつある地域の絆の大切さを思い出させてくれるようでした。
飢饉で飢えていく住民を目の当たりにしつつ、自分もフラフラになりながらも必死に土の声を聞き、何もなかったところに田んぼを作ろうとしている武蔵を見ていた住民たちも一人、また一人と土に還っていく中、協力してできた田んぼに水が張ったときは、漫画の中のキャラクターたちと一緒に私も号泣でした。
今まで天下無双を夢見てきた武蔵、人を斬ることを生業としていた武蔵が、人々を助けるためにここまでする姿は、昔沢庵和尚が武蔵に言った「どこまでいっても我」をやっと破ったんだと思うと また涙・・・。
人に助けを乞うことを何とも思わぬ住民をよく思っていなかった武蔵が、この巻の最後で侍に助けを乞う姿は、まさに武蔵が誰かのためを思ってしたことと思いました。人は誰かのためなら助けを乞うことも厭わないのだ、と武蔵は学んだのだと思いました。
人はひとりでは生きていけないのだということが凝縮された、涙なしでは読めない巻でした。