『象』レイモンド・カーヴァー著(村上春樹訳):困難な状況に生きる男の姿に胸うたれる短編集
壮大な冒険や感動的な物語ではなく、悩みを抱えて生きる普通の(決して裕福ではない)人々が直面する厳しい局面を切り取った短編集で、いかにもレイモンド・カーヴァーらしい絶妙の味わい深さがある作品です。
カーヴァーは村上春樹が翻訳を手がけていることで有名な作家で、私も村上春樹訳ということで気になって読んだ読んだ作品ですが、一気にカーヴァーの短編の魅力に取りつかれました。何でもない日常がどうしようもない窮地に変化してしまう様が説得力をもって描かれていて、こういうことって実際にあるよなと、あるいはあっても全然おかしくないと読んでいて感じさせる短編集です。『象』というタイトルも秀逸で、これは本書の中に収められているひとつの短編のタイトルでもあります。「象」という言葉は作品中に極わずかに触れられている程度ですが、私は短編集を読み終えた後、この言葉が主人公にとって、辛い現実をなんとか乗り越えていく象徴になっているのだと感じました。