哲学者にならない方法 初の自伝的エッセイ 土屋賢二
たいていの人は放っておいても哲学者にはならないでしょうし、なりたくてもなれない場合が一般的でしょう。けれども、本書はタイトルからして裏をかいているわけで、いったいどんな本なのか、とりあえず興味をそそられます。けれども著者は哲学者です。
そのため内容が難解なのではないかと、買うのを躊躇しそうですが、その心配にはおよびません。いわゆるユーモアエッセイのジャンルなので、さらっと読み進めることができます。たとえば、「名は体を表す」ということわざについて書かれた箇所についてです。「『誠』という名前の詐欺師ももいるし、『豊』という名前の貧乏人も『優子』という名のやさしくも優雅でもない女もいる。子どもは親の希望通りには育たないものだ」という調子です。そして、「『賢二』という名前をつけられたのに、愚かな失敗ばかりする人間になったばかりではない。哲学に反感をもっていた親の教育の結果、哲学を選ぶことになったのだ」と、著者自身について、謙遜まじりの表現でもってオチをつけています。本書は終始こんな調子で語られています。けれども、ユーモアのなかに哲学的な要素が散りばめられていて、はっとされられる部分もあるのです。その独特の世界観がたまらなく魅力的です。著書の作品に触れると、他の作品も読んでみたくなります。中毒必至です。
ありがとう寄稿。
一通りの家事を終えてパソコンに向かうと、暇になったことを察知して子供たちが勢いよく「遊んで」と向かってきます。
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