朝顔の栽培を生きがいとしている、北町奉行所同心「中根與三郎」が主人公です。同心と言っても外に出るわけではなく、奉行所内で書き役をしている、どちらかと言えば窓際の人物です。黄色い朝顔を咲かせるのが、彼の夢です。
時代は井伊大老と水戸徳川家の確執が深まり、尊王攘夷の機運が高まり、幕末へと時代が動き始めるころです。
主人公はそんな時代とは無縁に、朝顔だけを楽しみに生きているのですが、なぜか朝顔のおかげで、時代の渦に巻き込まれていきます。本人は知りたくなかったことを知るようになり、思いを寄せた女性は不遇の最期を遂げ、平穏に生きていくつもりだったのに、そうはいかなくなってしまいます。
この時代の「変化朝顔」をめぐっての時代情勢が良く描かれており、朝顔の知識も深く、良く調べて書きこまれています。一鉢の朝顔がとんでもない価格で取引され、朝顔の自慢比べも盛んな、豊かな江戸の暮らしの一面もうかがうことができます。
朝開いても、一日でしぼんでしまう朝顔の花に引き比べた、主人公の「一朝の夢」は、悲しい結末に終わりました。でも明日の朝には、また開く花もあるのです。